摠見寺の扁額  その1

「安土山摠見禅寺舊記寫」によると、

佛殿二階の閣には「円通閣」の額一面が掛けられていたとある。

円通とは、観音の別名である、円通大士によるものなので、
本堂二階に本尊として観音が安置された事により、
「円通閣」の扁額が掛けられたものと考えられる。

そして、この扁額の文字については、「小嶌宗心筆」とあり、
こじまそうしん、とは江戸初期の能書家で本阿弥光悦の弟子の
小島宗真(1580~1655?)のことであると考えられ、

小島宗真筆ということは、この扁額は、摠見寺中興とされる、
愚門宗哲座元(住持:寛永十六1639~貞享三1686)の時代に作られた可能性が高く、

観音像が二階へ遷座したのは、正仲剛可の時ではなく、
愚門宗哲の時だった可能性も考えられる。

もっとも、扁額と本尊の遷座は同期していなければならない、
という訳では必ずしもないが、少なくとも愚門宗哲の時までには、
本尊の観音像は二階に遷座していた事にはなる。

さて、それでは、「円通閣」の前には、
どんな扁額が掛かっていたのかというと・・・・。

ちょっと資料が足りないので、
摠見寺の扁額その2 は、2月以降に続く予定(^^)/~~

資料

Posted by 淳也