一字金輪仏頂尊
11/22に摠見寺コンペに行ったついでに、
安土町の図書館で資料のコピーを取ってきました。
コンペが終わってからだったので、5時過ぎから6時の閉館まで、
大量のコピーに対応していただいた図書館の方、ありがとうございました(^^)。
で、摠見寺文書を見てみると、
松茸を贈った記録なんて、わざわざ取っておかなくても……
というのは別の話。
寛文四辰八月九日の「捴見寺校割納所方江預置覚帳」の中の
佛壇の記事の中に、
一、文珠普賢像 付獅子白象 弐体というのがありました。
前に書いた8/4日の記事では、裏付け資料が無い状態で考察していたのですが、
この資料により、摠見寺本尊の脇侍は、ただの文珠普賢像では無く、
騎獅子文珠・騎象普賢だった事が記録から裏付けられ、
釈迦如来がいない状態で、騎獅子文珠・騎象普賢がいる事から、
摠見寺創建時の本尊は、後に三重塔に移され、大日如来と思われていた
一字金輪仏頂尊 (大日金輪) であったと確定して良いと思われます。
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