来迎柱の後退

摠見寺の平面図を見て、一見して違いがわかるのが来迎柱の後退で、

室町時代になると、来迎柱が後退して内陣を広く取った堂が出てくるのだが、

普通は中央の二本のみ後退させて、両側は通常の位置に立たせるのに、
摠見寺の平面では、来迎柱が四本とも後退していて、非常に珍しい、

何か類例を探す必要がありそうです。

考察

Posted by 淳也